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電子的ヒトリゴト

心理学部の大学生ブログ

価値観

大学生の日記

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 以前、私は、母の非生産的な態度を変えようとしていた。今思えば、他人を変えるなど無理な話であるが、私は自分の非生産的な部分が好きではないように、他人の非生産的な部分についても好きではなかった。当然、今の自分を否定されて変容を強要されれば抵抗したくなるのが常である。母も嫌がった。それと同時に必ず言う言葉がある。「人それぞれの価値観だからね」という言葉だ。すなわち、私が非生産的な部分が好きではないという価値観を持っているように、母はのんびりすることが好きという価値観を持っているというのである。そして、それはお互い様であるから、侵害し、侵害される権利はないということだ。確かに一理ある。

 

 しかし、屁理屈が駆動力な私はここで思う。すべてにおいて人それぞれの価値観なら、私がそのように主張し、強要したのも私の価値観ではないか。そして、それが私の価値観なら、相手は「人それぞれの価値観だからね」という言葉で私の価値観を侵害できないのではないか。相手こそ人それぞれの価値観が認められないから、「人それぞれの価値観」という価値観を押し付けようとしているのではないか。

 

 我ながら偏屈である。もし実際に言葉に出していたら嫌われるだろう。しかし、私の言っていることにも一理ある。ただし、言っている言葉と本心が違うことがあるため、メタ的に人それぞれの価値観を受容していれば循環論ではあるが。

 

 どちらにしても考え方において見習うべき部分がある。絶対的な答えなどないのかもれない。しかし、絶対的な答えがないからといって、どちらか一方を信奉したり、考えることを放棄することが一番やってはならないことだ。このように考えてこそ、果てしなく遠い真理に近づけるのである。