電子的ヒトリゴト

ゲイのブログ。主に読書、心理学、SOGI、日記など

参考書のカバーは外すべきか

 以前の私は参考書のカバーを外さない派だった。参考書は何回も使うし、ぼろぼろになるのが嫌だったからだ。しかし、最近においてカバーを外す派へと変わった。カバーを外さない派から外す派へと変わって思ったことは、カバーを外したほうが良いということだ。そう思っていなければカバーを外す派にはなってないだろうから、主観的なバイアスが反映されていることには違いないのは確かであるが。

 

 前述したように、カバー外さない派だった頃は本が汚れることが嫌だった。そして今、私はカバー外す派になってから考え方が変わった。単に汚れることが嫌ではなくなったのではない。もっと汚れてほしくなったのだ。新品の参考書を買ったその日にカバーを外して使うようになった。

 

 以前の私は参考書を綺麗に使いすぎていたように思える。何か月も必死にその参考書を使っていても、まるで1か月前に購入したかのような見た目だ。参考書とともに歩いてきた月日が形に残らないことが寂しかった。ぼろぼろになった参考書が羨ましかったのだ。

 

 実際、カバーを外してみると少し抵抗感があった。私は本にマーカーなどを引かないタイプだったため、参考書を傷つけることに罪悪感を覚えた。しかし、実際に外して使ってみると、意外にも参考書の耐久はしっかりしていて心配しなくてもいいということに気づいた。そして、私はカバーを外すと同時に書き込みやマーカーも使うようになった。段々と参考書を汚すことに抵抗感がなくなってきたのである。

 

 不思議なことに心理的ハードルを越えて本を汚していくと、その参考書に愛着を覚えてきた。そして、書き込みやマーカーを活用したほうが色々と有益であった。書き込みをすることによってその参考書における知識量が増えて効率が良い。マーカーは覚えるべきところが瞬時に目について参考書を回しやすかった。

 

 参考書はカバーを外すことを含み、たくさん汚したほうが心理的な満足も高まり、効率が良いのではないか。

(813文字、所要時間30分)