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電子的ヒトリゴト

心理学部の大学生ブログ

<読書>知的生産のためにメモを取る/『知的生産の技術』

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 有名らしいが、知らなかった

知的生産の技術 (岩波新書)

知的生産の技術 (岩波新書)

 

  どの本を読めばいいか分からない。そのとき私はインターネットで良書を調べる。読みたいなと思う本に出会ったらamazonでレビューを見る。「!」。レビューの数が多いではないか。・・・・・・まだまだ読むべき本が山のようにあるということだ(インターネットが存在しなかったらと思うと恐ろしい)。

  本書もそのうちの1冊である。多少古い部分もあるが、知的生産をする者にとって良書だ。メモの取り方から文章の書き方まで記されてある。この本に鼓舞されて京大式カードを使用した人が多いのではないかな。ただし本書の願いは、本文に書かれてある技術をマスターしてもらうことではなく、これ契機として読者が知的生産の技術を開発することだ。つまり考える材料である。

 

発見したことをメモに取る

まいにちの経験のなかで、なにかの意味で、これはおもしろいとおもった現象を記述するのである。(p.24) 

 私は以前から発見したことをメモに取っていた。今は便利なものでスマホがある。スマホは手軽で容量も大きい。だからスマホにメモを取っていた。昔は「Color Note」というアプリを使っていて、今は「Google Keep」だ。

 人間は考えたことを書かないと同じところをぐるぐると思考してしまう。文字に書き起こしてみると受ける印象が変わって、そこから思考が深まることがある。日常からその姿勢がつくと、発見に対して敏感にもなるのだ。

 メモを取ることが知的生産のための一歩だと私は思う。知的に生産するために材料が必要だからである。

 

完全な文章で書く

なにごとも、徹底的に文章にして、かいてしまうのである。ちいさな発見、かすかなひらめきをも、にがさないで、きちんと文字にしてしまおうというやりかたである。(p.26)

  著者は「暗算では気のつかなかった、おおくの問題に注意をはらうようになる」、そして「『発見の手帳』をたゆまずつづけつづけたことは、観察を正確にし、思考を精密にするうえで、ひじょうによい訓練法であった」と述べている。

 案外思考は断片のみで形成されている。その中の発見を正確にとらえるためにメモを取るときも単語でするのではなく、文章で書く。思考していたことがクリアになるし、見返したときに思い出せないことがなくなる。

 実際にどんなことを書いているか、恥ずかしながら晒してみる。これが完全な形と思わないでほしい。まだまだ未熟なのである。

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(Google Keepというアプリを使用したメモの一例)

 

すぐにつける

 「発見」には、いつでも多少とも感動がともなっているものだ。その感動がさめやらぬうちに、文章にしてしまわなければ、永久にかけなくなってしまうものである。(p.29)

 思考はまるで雲のようでいつやってくるかもわからないし、すぐに過ぎ去ってしまう。そのため私はインターネットに繋がらないスマホ(契約していない)を基本的に持ち歩いている。昔の時代はそんなことはできなくて、手帳やカードに書くしかなかったんだなと思うと畏敬の念を抱く。もう私は昔の時代には戻れないカラダになってしまったヨ。

 ブログもすぐに書かないとだなと痛切に感じる。この本を読んだのは一週間前であったために書こうと思ったことの感動がかなり薄れてしまった。それと同時に本の内容のディテールがすっかりと頭から抜け落ちていた。

 さて、これも発見したこととしてメモに書こうか――。