電子的ヒトリゴト

心理学が好きなゲイのブログ。主に読書、考察、心理学、SOGIなど

心の余裕ゲージ

 心の余裕が可視化できたら、どんなに便利だろう。「あの怒っている人は余裕がないんだな」とか「いま自分が他人に対して寛容になれないのは余裕のせいだ」とかが客観的に判断できるようになる。そうすれば、「あの人の怒りの原因は、自分の言動じゃなかったんだな」とか「自分はいま余裕がないから少し休もう」とかが理解できるようになる。

 

 心の余裕がないと、人は狭量になる。たとえば、逆を考えてみよう。宝くじで大金を手にしたとき。好きな人に告白して受け入れてもらったとき。それらは、心の余裕があるときだ。そのとき人はちょっとの不幸など気にならない。つまり自分や他人に対して寛容になれる。しかし、心の余裕がないときはまさにその逆だ。些細なことに不寛容になってしまう。

 

 同じ人に対して同じことをしたとしても、その人は怒るときと怒らないときがある。その違いは何か。私は、心の余裕があるかどうかだと思う。怒ったときは、たまたま直前にその人の大切な物がなくなってしまっていたのかもしれない。怒らなかったときは、たまたま最近良いことがあったのかもしれない。

 

 もちろん人の行動は、その人の性格に起因することは多大にあるだろう。しかし、性格ではなく、心の余裕にすべてを求めれば、その人と切り離された何かのせいにできるのだ。つまり、何かをして怒られたときに、「あの人の性格はあまり好きではない」とその人を固定的に見てしまうのではなく、「あの人はいまは余裕がなかったんだな」とその人を流動的に見られる。そうすることで、性格という人の本質的な部分を嫌いにならずに、他人に対応できる。

 

 冒頭で「心の余裕が可視化できたら、どんなに便利だろう」と述べた。しかし、実は可視化されていないからこそ、心の余裕のせいにできる可能性が広がるのだ。だからみんな心の余裕のせいにしよう。そして、自分の心の余裕がないと感じたら、ゆっくり休もう。他人の心の余裕がないと感じたら、そっとしておこう。