電子的ヒトリゴト

ゲイのブログ。主に読書、心理学、SOGI、日記など

ゲイである僕はストレートを好きになるか

 本当は「ゲイはストレートを好きになるか」というタイトルにしたかった。しかし、主語が大きいと誰かに怒られそうなので、あくまでも僕個人の話ということを強調するために、タイトルもそのようにした。ちなみに、ストレートとは異性愛者のことである。

 本タイトルに対する結論から言おう。「今まで好きになったことはないし、今後好きになる可能性は極めて低い」。そう、僕の場合は(ほとんど)ストレートを好きにならないのである。好きになるとはどのような状態か、という定義にもよるため、一応ここでは「特定の人のことを思うと胸がどきどきするなどの一般的に理解されている恋愛感情を抱いている状態」とする。

 基本的に僕はゲイに対して恋愛感情を抱く。なぜ対象が同じ男性であるにもかかわらず、ストレートは好きにならずゲイは好きになるのか。それは、ストレートは決してゲイである僕を恋愛的に好きにならないからである。僕は常にそれを念頭に置いているため、仮にストレートに恋をしようものなら、それは初めから負けが確定しているゲームをするようなものなのである。そんなゲームをしようと考える人なんていないと思う。「しかし、恋は、理性的なものではなく、感情的なものだ」という反論がきこえそうだが、意識的に自覚しているかどうかは別にして、恋愛感情は、相手が自分のことを少しでも恋愛的に好きになってくれるという期待がなければ成立しないのではないか。

 無意識的には知らないが、意識的には僕はストレートに対してそんな期待は持っていない。逆にゲイに対してはある。だから、相手がゲイというだけで僕の恋愛感情ポイントはあがるし、その恋愛感情ポイントは、対象におけるストレートとゲイの質的な差異を生み出す。そのため、ストレートは好きになりにくく、ゲイは好きになりやすい。もちろん同じゲイでも異なる感覚の人はいるだろうが、以上のことは、ゲイを理解するうえで大切なことであると思う。

 ただし、ストレートに対して何か良いなあと思うことはある。この気持ちを区別するために、冒頭で好きの定義を述べたわけだが、この何か良いなあと思う気持ちは、恋愛感情とは質的に区別される前段階の気持ちなのかもしれない。冒頭で述べた”好き”が、狭義の”好き”ならば、こちらの”何か良いなあ”は、広義の”好き”になる。つまりそれは、「好きな有名人は?」と訊かれたときに答えるような、そういう”好き”だ。本記事を書いているあいだに冒頭で述べた結論が変わってしまったが、最終的な本タイトルに対する答えはこうだ。「ストレートに抱く気持ちとして、狭義の”好き”はないが、広義の”好き”はある」。