電子的ヒトリゴト

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茶道と独服

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 最近、茶道を再開したため、独服を習慣にしています。独服(どくふく)とは、「茶を、ひとりでたてて自ら飲むこと」です(デジタル大辞泉より)。すなわち、誰かのためにお茶を点てるのではなく、自分のためにお茶を点てるのです。そのため、僕の場合は、作法はまったく気にしておりません。茶せん(お茶を点てる道具)と茶杓(抹茶をすくう道具)、家にある普通の茶碗、抹茶、お湯があれば、簡単にできます。簡単にできるといっても、なぜわざわざお茶を点てるのでしょうか。しかも、作法を気しないので、何も身につきません。独服の意義は何でしょうか。

 千(2010)によると、独服によって、日常の中にほんの一時、お茶によって囲われた非日常の時間を作り出すことで、自分と向き合い、確認をし、ニュートラルポジションに戻ることが、日々の生活の中にお茶があることの、メリットだといいます。お茶を飲むというごく一般的な行為を丁寧にすることによって、慌ただしい日常の中で心が落ち着くのですね。心を落ち着かせるために、静かに座って瞑想をするのでもよいのですが、お茶を飲むほうが、より心が切り替えられる気がします(参照:家に帰ると、その時の気持ちが薄れる&今日考えたこと)。

 また、岡倉(1906 大久保訳 2005)によると、「茶道は、雑然とした日々の暮らしの中に身を置きながら、そこに美を見出し、敬い尊ぶ儀礼である」(p.16)といいます。そして、「そこから人は、純粋と調和、たがいに相手を思いやり慈悲心の深さ、社会秩序への畏敬の念といったものを教えられる。茶道の本質は、不完全ということの崇拝――物事には完全などということはないということを畏敬の念をもって受け入れ、処することにある。不可能を宿命とする人生のただ中にあって、それでもなにかしら可能なものをなし遂げようとする心やさしい試みが茶道なのである」(p.16)と続きます。僕はこの文章が好きです(笑)

 と、まあ、つまるところ、独服によって、内省的になり、心が落ち着くのです。ただそれだけです。

 

<引用文献>

新訳・茶の本―ビギナーズ日本の思想 (角川ソフィア文庫)

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茶―利休と今をつなぐ (新潮新書)

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<その他>

茶杓 茶道具 茶器 白竹 茶匙

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森半 おけいこ用抹茶 100g

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