電子的ヒトリゴト

ゲイのブログ。主に読書、心理学、SOGI、日記など

注意を受けたとき、どうするか

 この記事を書く前に、スマホでこのタイトルで記事を書いていたのですが、手違いですべて消えてしまったので、同じタイトルで少し内容を変えて書きます。

 

 大人になるにつれ、注意を受ける頻度が減っている気がする。むかし僕は野球を長らくやっていて、そのときに注意を受けるという経験をたくさんしたから、そう思うのかもしれない。でも、一般的にも、新しい仕事に就くのでなれけば、年齢を重ねるにつれて、注意されづらくなると思う。

 そんな中、不意に注意を受ける。そのとき、僕は、瞬間的に防衛的かつ攻撃的になりそうになる。それはおそらく今まで生きた中での考え方が染み付いてしまった結果だと思う。そんなこともあって、最近、僕はナルシシズムや仮想的有能感が高いのではないか、と省みている。しかしながら、僕は瞬間的に防衛的かつ攻撃的になりそうになったとき、一呼吸おき、自分のミスを認めようと努める。逆説的なのだが、自分のミスを認めるのはかなり苦しみを伴う一方で、その先に安心感がある。

 この自分のミスを認めるというのは、僕が大切にしている考え方の1つである。自分のミスを認めなければ、そこから学ぶこともできないし、周囲が敵だらけになってしまう。

 中学生のころ、僕には好きな人がいた。その人は自分のミスを認めるのが上手だった。僕ならふてくされるところを、その人は注意をした人に優しく寄り添っていたのだ。だからかわからないが、その人はかなり好かれていて、周囲と解け合っていた。

 長年の習慣で染み付いてしまった僕の瞬間的な反応を、意識的に自分のミスを認めることによって、徐々にその人のように変えていきたいと思った。先ほど、注意を受けた経験を踏まえて(/。\)

 

追記

 個人内にしても、個人間にしても、弱さを受け入れられることは人間的な強さだと思う。