電子的独り言

ゲイのブログ。主に読書、心理学、セクシュアリティ、雑記など

『いぬやしき』8話

www.inuyashiki-project.com

 

 今期のアニメにおいて、僕は『いぬやしき』を視聴しています。公式サイトには、番組の説明として以下のように書いてあります。

定年を間近に迎える冴えないサラリーマン・犬屋敷壱郎は
会社や家庭から疎外された日々を送っていたが、
ある日突然、医者から末期ガンによる余命宣告を受け自暴自棄になる。

その晩、突如飛来したUFOの墜落に巻き込まれ
機械の体に生まれ変わった彼は
人間を遥かに超越する力を手に入れることに。

一方、同じ事故に遭遇した高校生・獅子神皓は、
手に入れた力を己の思うがままに行使し始めていた。

自分の意に背く人々をただただ傷付けていく獅子神と、
獅子神によって傷付けられた人々を救い続ける犬屋敷。

人間の本質は善なのか、それとも悪なのか…?

強大な力を手に入れた2人が、いま、それぞれの想いで動き出す――。

  人間の本質は善なのか、それとも悪なのか、って壮大なテーマですね。ところで、7話で、ししがみくんは愛に包まれたおかげで(?)人助けをしようと決意したのに、8話で、大切な人を失い、また反逆し始めました。これだけをみると、愛を知ると(=人間としての欲求が充足されると)人助けなどの良い行いをするようになり、愛なき行為を受け失望すると(=人間としての欲求が阻害されると)力を頼りに反逆し始めると解釈できます。

 このことに関連するのですが、僕はかなり性善説の立場が好きです。僕は人間性心理学が好きなので、ある意味、当然ともいえますが。まあでも、絶対的な裏づけがあるわけではないので、そうだったらいいなあという願いが強く入っていますね。

 上記のししがみくんの出来事や、また、いぬやしきさんの娘と親の会話をみると、何でも、しつけのようにコントロールするのではなく、性善説的(人間性心理学的)な関わりは重要だなあと改めて考えます。